「気にしない」と「気にする」のあいだ

気にしないって言葉は楽天的に感じる
気にしないって言葉は無神経にも感じる
同じ言葉なのになんで意味が違うのかな

 

自分にとって気にしないは良いときも悪いときもある
人にとっても気にしないは良いときも悪いときもある

気にするって言葉は自分にとって良くも悪くもなる
気にするって言葉は人にとっても良くも悪くもなる

じゃぁ何が一番いいのかな
自分にとっても人にとってもうまくいくのは何なのかな

それはね
気にしないと気にするの「あいだ」かもね

全ての事柄に気にしない人はいないんじゃないかと思うんです。自分にとっても人にとってもね。もし、気にしないならそれは、人や自分に気を遣わない人なのかな。
うまく人間関係を築いていくなら相手にも「気にする」って形で気を遣うことはとても大切なこと。会話でも同じ。相手がいるのに自分ばかりが話しをして、相手の話の入る余地もないくらいに話をしてしまうのはどうなんだろう・・・。

だって、ちゃんと話し相手がいるのに・・・自分の話を聞いてくれているのに・・・相手のことも考えて話さなけりゃね。だって、会話はキャッチボールと同じ。お互いの話をするのも大切。話を聞いてもらうってことももちろん、大事。でもその中にも自分だけじゃなくて相手のことも考えて受け入れることもしないとね。
でもさ、気にしないは自分にとっても人にとっても良いときもあるんだよね。あまりにも辛すぎて悩みを抱え込んでどうしても気になってしまうこと。苦しいくらいなら少しそこから離れて気にしない!って背を向けたっていい。良い方向に向かうことだってあるんだよね。

気にしないや気にするはある程度までなら自分にとっても人にとっても良いと思う。だけど、「気にしすぎ」は難しい。だってね、気にしすぎているばかりに他のことに神経が行き届かなくなって何も手に着かなくなることってあるでしょう。

心が壊れてしまうくらいに気にしすぎているならそれはやめたほうがいい。こころも身体も健康とは言えないからね。自分にとっても人にとっても気にしないと気にするのあいだでいいんじゃないのかな。

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